Monthly Archives: 4月 2010

孫さんインタビュー記事@DIME

30年後の教育はどうあるべきかというTwitterでの問いに対して

もしかしたら『感動を伝えること』のみを命題として、全力を尽くすべきかもしれません。歴史の感動、社会の感動、自然科学の感動。仲間と力を合わせることの感動。未来の構築に関われる感動。

「感動」というのは良いキーワード。

デジタル情報革命が摩擦を減らしていく。時間の摩擦、距離の摩擦、言葉の壁という摩擦。優れた翻訳アプリケーションがいろんなシーンに組み込まれれば、そのうち言葉の壁による摩擦なんてなくなってしまうでしょう。

異文化に踏み込んでいく勇気さえあれば、外国語会話能力が伴ってなくても何とかなってしまうのかもしれない。ただ、英語が圧倒的に強い言語としての地位を保ったままだと、翻訳のニーズが高まらず、現状のままなのかもしれない。

自分が登りたい山を決めるとそれで人生の半分が決まる。あなたは自分の登りたい山を決めていますか?

何かを成し遂げた人は似たような事を皆言っている。
そう。自分の人生は自分でしか決められない。

『アジア視線』稲越功一

『アジア視線』
稲越功一著

雑誌『Signature』の連載で知った作家。写真家。

文章+多めの写真で優しい気持ちになれる作品。
心に残った箇所を書き留める。

若い時はどうしても自分の肉体を過酷な状況に置きたくなる。写真家という職業は常に肉体と精神のバランスを保つことがひとつの宿命でもあり、どちらかだけが先行しては写真を見る人たちを素直に感動させることは難しいようだ。片方だけが先行した場合はどうしても物語性に欠けるようだ。

一流と言われる人たちは、常に自分自身を高めるために日々の稽古を怠らない。仮に一日休めばその分を取りかえすのに三日四日かかると聞く。写真家の場合、毎日シャッターを押す必要はないだろうが、押すことに匹敵する”もの”の見方とか考え方を常に自分に問う必要がある。

この国(カナダ)も広大な森林と河と水に恵まれた土地だけに当然、人間そのものが大きな自然の一部として生きざるをえないし、またそれが最も美しく自然にとけこんでもいた。

郊外からハノイに出向いてくる一人の女性に、あなたにとって”幸福”とはと聞いてみた。彼女の答えは、一言、”家族が仲良く暮らすこと”、当たり前な答えが返ってきた。でも彼女たちが言うと素直にもっともだなあと思えた。

カトマンドゥでガイドのチッタさんの紹介で生き神様の美しい少女”クマリ”に会うことができた。クマリとはヒンドゥ教の女神クマリの化身と考えられ、初潮前で怪我の傷もない美しく利発な少女であることが条件とされている。

東洋人は常に大きな自然のなかに神を見ようとする。従って自然に沿うような生活をしている。西洋人は自然を克服することで少しでも神に近づこうとしてきた。

人間とは不思議なもので、人里離れれば離れるほどそこにすむ人たちの姿が美しいのである。

バリの東部、サヌールから車で二時間三十分前後のところにある、トウガナンという、ヒンドゥ教がこの地に影響をあたえる前から人が住んでいたという純粋のバリ村に出向いた。歩いて十五分ほどでまわれる小さな村ではあったが民家も両サイド二百五十メートルくらいの長方形の中に西側で四十軒前後あり、どの家も玄関が開けっ放しになっていて、観光客が自由に中に入れるようになっていた。家の中では、布地を織ったり、あるいは民族衣裳や竹細工を並べてあったりさまざまだったが、けっして押し売りではなく、静かにこちらの出方を窺っているのが気分よく、それに客の応対がこなれていなく、眼に純朴さが残っていたのもこちらをほっとさせてくれた。

南京よりやはり私は古都の蘇州が好きだ。日が沈む前の家の軒先では、ついこの間まで見かけたようなシーンもいくつかあった。あの懐かしいコンロで魚を焼いているのである。

沖縄返還日の1972年5月15日、私は写真家・高梨豊氏のアシスタントだったA君の故郷、那覇市にいた。彼の父親は地元の高等学校の教頭をしていて、忘れもしない返還日の5月15日の朝、起きてみると家の黒板に”本土に戻したくない”と大きく白いチョークで書かれていた。

沖縄という地は何かを見るのではなくて、何かを感じる地だと思えた。

私にとって沖縄での素敵な島の横綱が竹富島だとしたら大関は久高島になるのかもしれない。

学生の頃からブラマンクの絵が好きだった。特に彼の冬の景色にはぞくぞくさせられ、彼がチューブから生命力のすべてを絞り出すかのように、赤、白、ブルー、緑、黄、黒とあらゆる色たちがキャンバスに塗るというよりもたたきつけられている感じさえした。”暗いのに大いに明るい”こんな表現がぴったりするようなブラマンクの絵は寂しい人のいないノーマンズランドである。

なんと多くの旅を続けてきたことだろう。そしてなんと多くのものを見てきたことだろう。見るということは、眼で見ること、頭で撮ることを越えて、何かを読むことのようだ。風景の中に身を置くことによって素顔の自分が確認され、ほっとしてまた、旅が続く。

無性に旅に出たくなる。