Monthly Archives: 5月 2011

不確実性は内にある

日経ビジネスオンライン『トップの役割(その1)~不確実な状態での決断』より。

皮肉なことに、多くの組織において、不確実性を下げるために外に情報を求めるが、本当の不確実性は内にあることがほとんど。

 
「当社は人を大切にする」などと言って、自社の社員のひとりひとりがどのような能力を持ち、どのような気持ちで働いているかわかっている会社は実は大変少ない。

先を見据えない日本人

2011/5/19の日経朝刊一面特集の「新しい日本へ」より。

東北大学大学院教授の藤本氏によると、震災時の対応を顧みても「現場主導の危機対応力で日本企業は群を抜」いている。しかし一方で、「将来の危機を予測し、周到に備える姿勢が弱い」。

要は、瞬発力はあるが、計画性がないということか。
これはビジネスにも当てはまるのかもしれない。
先を見据えた事業計画を立て、実践できれば、日本で強いプレゼンスを発揮できるということ。

感情のコントロールの仕方

2011/5/15の日経朝刊の春秋より。

僧侶の小池龍之介氏の言葉。

心のなかに腹立たしい気分がわいてきたら、もう一人の自分の目で「怒ってるんだな…」と観察する。

 
その時「怒り」と書いた札をペタリとはる動作を思うとよい。

 
抑え込むのではない。自分が登場する映画を眺める感じだろうか。その作業を繰り返しながら修行を積めば、怒りが姿を現す前に、気づき、やり過ごすことができるようになる。

女性上司だからこそ面倒臭く感じる女性の部下

日経ビジネスオンラインの『「女性の部下を面倒くさい」と思う女性上司のジレンマ』より。

私の部署には次々と女性社員が送り込まれるんですが、彼女たちが入れ替わりで産休だの育休だのに入ってしまうんです。常に誰かがいない状態が続いていて、一体いつになったらフルメンバーで仕事ができるのかと絶望的な気持ちになります。

上には、『これ以上女性を送り込むのはやめてくれ』と直訴したい気持ちは山々ですけど、そんなこと絶対に言えません。女の私が、それを言ったら最後。でも、本当に穴を埋めるだけで大変なんです。

女性の部下って、甘えるんですよ。仕事のことだけじゃなく、プライベートのことまで相談してくることが多いんですけど、何というか、友達感覚みたいなところがあって、中には、『いつ子供を産んだらいいでしょうか?』なんてことまで相談してくる部下もいますからね。友達っていうよりも、お母さんと勘違いしているのかもしれません。

相談されるのは上司の立場としては、喜ぶべきことなんでしょうけど、仕事のアドバイスはできてもプライベート、特に子供のことは無責任なことは言えないから、あんまり相談されても困るんです。それでこっちも少しばかり距離を置いたり、素っ気ない態度を取ったりすることがある。すると今度は、怖いとか、女性部下だけに厳しいとか、あっちこっちで文句を言い出して、しまいには反発するようになる。だから、正直な話、女性部下は面倒くさいんです。

記事だから敢えてキツめに書いているんだろうが、さすがに”お母さんと勘違い”はしていないだろう。

まあでも、体育会系バリバリの女性ならともかく、多くの一般的な女性社員を束ねていくのはそれ相応の手腕が必要で、大変だという実感が伝わってくる。

30代で遺言状を書くということ

日経ビジネスオンラインの『30代での遺言状と61歳からの起業の関係』より。

キッザニア東京を運営するキッズシティジャパンの住谷栄之資社長が会社の研修の一環で、ある社外のセミナーに参加した時の話。

そのセミナーはとても不思議なセミナーで、研修が始まっても講師がほとんど何も喋らなかった。沈黙が続くうちに、研修参加者たちはこの事態はどういうことなのか不安になり、そわそわしてくる。

 
それでも講師はだまり続けている。だから研修生はともかく自分自身でこの事態をどうすればいいものか考えるようになる。そうした不思議な研修が続き、最期の仕上げは、自分の家族宛に遺言を書くというものだった。

30代後半で肉親に遺言を書く人は、どれくらいの人がいるだろうか。住谷氏も人生で初めて書いた遺言書だった。自分の妻宛に思いを書いているうちに、住谷氏は涙が止まらなくなった。まわりを見渡すと、同じく研修に参加している大の男たちも、わんわんと泣いている。端から見れば異様な光景だったかもしれない。

 
遺言を書いて涙が出てくるのは、自分が生きてきたと同時に、家族や社会によって生かされてきたことを知り、それまでよりも感謝の気持ちが強くなるからではないだろうか。同時に、その感謝の気持ちをどのようにして、家族や社会に還元できるかを考えるはず。これからの自分の生き方や人生設計を真剣に見つめ直すきっかけになる。

途中まで講師が黙っている理由が釈然としないが、遺言を書くというのは興味深い試み。