舛添都知事ら政治家の体たらくぶりはどこから来るのか

本日のダイヤモンド・オンラインに掲載されている松井雅博氏のコラム『舛添都知事ら大物政治家ほど「せこい」事件を起こす理由』が、タイムリーかつわかりやすく内容だった。

ある程度の良識ある人だったら、なぜ都知事ともあろう人がこんなくだらない事をしでかすのか。
そして、マスコミもなぜこんなくだらない事を騒ぎ立てるのか、と思うだろう。

しかし、まず何が問題で、何が原因なのかを知るべきである。

多くの方が誤解されているかもしれないが、実は、政治資金というのは使い道が特に規制されていない。したがって、何に使っても「法的には」問題ない。たとえば、舛添都知事が「家族旅行」の名目を「会議費用」と偽って報告していた件についても、道義上の責任はあれ、法的な問題はない。だから「せこい」のである。

そう。つまり、法的には何の問題もないのだ。

だから、法的に裁かれるのではなく、「あいつは信用ならない」という、社会的レッテルが張られる形で裁かれることになる。

多額の報酬をもらっている政治家が、なぜ政治資金を使ってしまうのか。…… この問いの答えは「使わねば損」という発想があると筆者は考えている

年度末に工事が大量に行われるのと同じで、資金を使わないと、余っていると思われると。
なんともな…という話である。ホント悲しくなってくる。

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しかし、こういった話が出てくるのは、だいたいそこそこ名が売れている、高い地位にある政治家である。それはなぜかと言うと

大物政治家ほど「せこい」事件が起きるのは、ある意味で「お金が集まる」からこそ生じる現象でもある。

普通の政治家は、お金を集めるのに必死だと。

そもそも、こういう”ちっちゃな政治家”が選ばれてしまう原因は、有権者の政治に対する無関心がある。
それは疑いようのない事実。

それに加え、筆者は言う。

「選挙」という制度が政治家個人の資質や業績に対する評価になっていない、という致命的な問題がある。

政党政治がはびこっている今、有権者が、個々の政治家を選ぶことはできない。

せめて、当選する前に、へんな政治家は除外する仕組みでもあればってことで、まあ冗談だろうが、こんな提言もあった。

選挙の前に『週刊文春』にお金を払って調査・報道してもらうというのはどうか。

そう。『週刊文春』、CIA的な組織になっちゃいなよ。

お後がよろしいようで。