月別アーカイブ: 2011年7月

無自覚な価値観

日経ビジネスオンライン『なでしこ報道で露呈した“ニッポン”の未熟な女性観』より。

価値観には、自覚されているものと、自覚されていないものがある。自覚されている価値観とは、自らの経験を通じて形成されて、無自覚な価値観は、社会に既存の価値観であることが多い。

 
親の考え、子供の時によく見たテレビや雑誌に描かれていたこと、周りの人がよく言っていたこと。そういったものが、自分でも気がつかないうちに、あたかも自分の考えのように刻まれていく。

この考え方はよくわかる。

何気ない一言や、何気ない行動には、自分が自覚していない価値観が反映される。そして、その自覚なき価値観が、時に、“刃”となって、他人を傷つける。

ここで、ん?と思う。
無自覚な価値観で”傷つく”のは同じ価値観を持っているからではないだろうか。

無自覚な価値観が共有されていないのならば、”傷つく”のではなく”理解されない”のではないだろうか。

傷つけているのは、”無自覚”だからではなく、デリカシーがなかったり、想像力が欠如しているだけだと思う。まあ、その点が大きな問題なんだろうけど。

成功体験を聞きたがる日本人

日経ビジネスオンラインで好きなコラムニスト、フェルディナント・ヤマグチ氏の『なんとカルロス・ゴーン氏がマネジメントの極意をF氏に語る』より。

カルロス・ゴーンの話の中で、へ~と思ったのは経営そのものの話ではなく以下の部分。

(日本のビジネスパーソンは)他の人の成功に非常に興味を持っているんですね。どうしてそれがうまくいったのかと聞いてくるんです。他の国でそんなことは聞くことは余りありません。ええ、聞かないですね。一部のCEOは、他社の成功なんかにまったく関心がありません。

 
ですが日本は違います。日本人はどうやって成功したのかと聞いてくる。非常に好奇心が旺盛です。

ゴーンもF氏もわかってて書かない(言わない)のだろうが、これは好奇心が旺盛だからじゃなく、自分でオリジナルな成功方法を作り出そうとしない、文化的背景によるものだろう。

強く幼い女性アスリートが好まれる日本

小田嶋隆氏がweb sportivaでも記事を書いていたことを知った。
「なでしこ」という可憐な花の愛で方』より

小倉さんの真骨頂は、どんな偉大なアスリートに対しても、そこいらへんのOLさんや女子大生に接する時みたいな調子で話しかける、その距離感にある。

 
司会者のこの態度は、ハタから見ていると、ちょっと失礼に見えたりもする。

 
「女性蔑視じゃないか」

 
という受け止め方をする視聴者もいる。

 
が、おそらく当事者は、蔑視とも軽視とも感じていない。むしろ、「普通の女の子」として扱われたことに救われた気持ちをいだいている可能性が高い。

 
ここに、面倒くささの本質がある。

 
結局、うちの国の人たちは、メディアも視聴者も、それに選手たち本人も、大人になることに対してあまり積極的じゃないのだ。

日本の女性アスリートは、心のどこかで可愛らしい女の子であることを捨てきれずにいる。だから、真央ちゃんなどは、自分で自分を「真央」と呼んでいたりする。

 
普通の文脈で言うと、人として自立していないアスリートが世界に伍して闘えるはずはない。そういうことになっている。

 
藍ちゃんだったり、ミキティーだったりみたいなクソ甘ったれた名前で呼ばれている選手が、国際舞台で活躍できるほどスポーツの世界は甘くないのだ……と、ぜひ言い切りたいところなのだが、どっこいわが日本の女性アスリートは、強い。

 
小さくて、可愛らしいにもかかわらず、だ。

 
さよう。日本の女性アスリートは、デカく、ふてぶてしく、たくましい、諸外国の女性アスリートを度々凌駕している。

 
そして、デカくなろうと頑張っている日本の男性アスリートよりも、国際舞台では、より優秀な成績を残している。

 
なでしこのイレブンも、チーム青森の面々も、グリーンの上の彼女たちも、二倍ぐらい体重のありそうな外国のデカくてコワいおばちゃんたちに、決して負けていない。

そう言われてみると、日本では、強く幼い(雰囲気の)女性アスリートがもてはやされている。
なぜだろう。強く大人なアスリートだと、劣等感を感じてしまうからだろうか。

自ら落ちない限り変わらないテレビ業界

日経ビジネスオンラインで愛読している小田嶋隆氏のコラム『なでしこに群がったテレビの人たちの明日』より

結局、「笑い」も「涙」も、伝染性の動作という意味では「あくび」と大差がない、と、少なくともディレクターはそう考えている。

 
ゴールデンの視聴者が笑うのは「ほかの誰かが笑っている」からだ。泣く理由も同じ。8割はもらい泣きだ。笑い、涙、元気、勇気。視聴者は、画面からもらうことばかり考えている。

 
感情の物乞い。うん。言い過ぎた。撤回する。善良な観客。

無意識に”もらうことばかり”しているのは確か。
ただ、正当な権利があるからね。

私が書いているようなことは、実は、現場で番組を作っている人々にとっては、口に出すのも馬鹿くさいレベルの、先刻承知の退廃であって、少しも目新しい指摘ではないのだと思う。

 
彼らとて、事態がわかっていないわけではない。
でも、どうしようもないのだ。
何かを変えるためには、自分が座っている木の枝を切り落とすみたいなタイプの決断が要る。

テレビ業界を変えるためには、自らも落ちないといけないってこと。